大学でシルクロードを研究していたころ、ある交易都市の出土品リストを見て、思わず二度見してしまったことがあります。はるばるバルト海の琥珀に、インド方面の紅玉髄(こうぎょくずい)、さらにガラスや絹まで。まるで世界中の産物が、一つの町に集まってきたみたいだったんです。
その舞台が、シルダリヤ川沿いに栄えた隊商(キャラバン)都市でした。この記事では、東西交易の中継地として重要な役割をはたしたオトラルなどの都市をめぐりながら、なぜこの川ぞいにこれほど豊かな都市が生まれたのかを見ていきますね。
この記事でわかること
・東西の中継地として栄えた大都市オトラルの歴史
・草原の王朝の都となったシグナクや、古都フジャンド
・出土品が語る、驚くほど広い交易ネットワーク
第I章 東西を結んだ大都市・オトラル
シルダリヤ川ぞいの隊商都市を代表するのがオトラルです。川の中流域に位置し、東は中国、西は遠くビザンツ(東ローマ)まで結ぶ交易路の要として、長く繁栄しました。商人たちが休み、荷を積みかえるキャラバンサライ(隊商宿)が置かれ、人とラクダと荷物でにぎわっていたはずです。
オトラルは学問の面でも知られていて、中世を代表する哲学者アル=ファーラービーが生まれた地とも伝えられています。交易都市は、モノだけでなく知識や思想が集まる場所でもあったんですね。
そしてオトラルは、世界史を大きく動かした事件の舞台にもなりました。1218年、この地を通ろうとした隊商が殺害されたことが引き金となり、チンギス・ハン率いるモンゴルの大遠征を招いたと伝えられています。一つの都市で起きた出来事が、ユーラシア全体の歴史を揺るがすことになったわけです。

第II章 草原の王朝の都・シグナク
シルダリヤ川の下流域には、シグナクという都市が栄えました。ここは草原の遊牧民の世界と深く結びついた都市で、中世にはアク・オルダ(白帳汗国)という王朝の都となったことで知られています。
面白いのは、この地域が「遊牧民の草原」と「定住民の農耕・都市」の境界にあったという点です。馬とともに移動しながら暮らす人々と、町に根をおろして交易や農業を営む人々。まったく暮らし方の違う二つの世界が、シグナクのような都市を通じて結びついていました。都市は、その両方をつなぐ結節点だったのです。
第III章 二千年を超える古都・フジャンド
シルダリヤ川の上流側には、非常に古い歴史をもつ都市フジャンドがあります。その起源は紀元前までさかのぼるとされ、川を見おろす要塞(城塞)を中心に、長い年月をかけて幾層にも積み重なるように発展してきました。
フジャンドは、アレクサンドロス大王が東方遠征のさいに築いた「最果ての町(アレクサンドリア・エスハテ)」にあたるという説もあり、古くから東西世界の接点だったことがうかがえます。二千年以上にわたって人が住み続けてきた都市というのは、それだけで大きな価値をもっていますね。
第IV章 出土品が語る交易の広さ
これらの隊商都市がどれほど広い世界とつながっていたかは、地面から出てくる遺物が教えてくれます。この地域の古い遺跡からは、バルト海方面の琥珀、インド方面の紅玉髄、各地のガラス、そして絹など、はるか遠くの産物がまとめて見つかることがあります。
数千キロも離れた土地の品が一か所に集まっているという事実は、当時の交易ネットワークが、私たちの想像よりずっと広く、緊密につながっていたことの何よりの証拠です。冒頭で私が出土品リストに驚いたのも、まさにこの点でした。土に埋もれた小さなビーズひとつが、大陸をまたぐ壮大な物語を語ってくれるんですね。

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