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大学の授業でシルクロードをテーマに研究していたことがあって、地図の上を東西に延びる交易路と、そこを行き交った人やモノの物語にすっかり夢中になった記憶があります。そのシルクロードのなかでも、いま「世界遺産になるかもしれない」と注目されているのが、今回とりあげるフェルガナ-シルダリヤ回廊です。
名前だけ聞くとピンと来ないかもしれませんが、実はあの「汗血馬(かんけつば/天馬)」の伝説や、紙が西へ伝わった歴史とも深くつながる、とても面白い場所なんですよ。この記事では回廊全体をざっくり見渡しながら、どんな価値があるのか、そして2026年の世界遺産審議がどうなりそうなのかまで、まとめて解説していきますね。
この記事でわかること
・フェルガナ-シルダリヤ回廊がどんな場所で、なぜ重要なのか
・この道を通って運ばれた「絹・紙・宗教」の歴史
・2026年の世界遺産審議の行方(ICOMOSの勧告とは)
・すでに登録されたシルクロードの回廊との関係
第I章 フェルガナ-シルダリヤ回廊とは?
フェルガナ-シルダリヤ回廊は、中央アジアのフェルガナ盆地と、そこから流れ出す大河シルダリヤ川の流域に沿って点在する、古代・中世の都市や遺跡のまとまりです。ひとつの遺跡ではなく、広い範囲に散らばった数十の遺跡を「一本の交易路(回廊)」としてまとめてとらえているのが大きな特徴です。
推薦しているのはカザフスタン・キルギス・タジキスタン・ウズベキスタンの4か国。複数の国が手を組んで、国境をまたいで連続した資産をまとめて登録しようとする「シリアル・トランスナショナル・ノミネーション」という形をとっています。構成資産はおよそ48件、全体では2,000kmを超える広がりを持ちます。
この回廊がとくに面白いのは、遊牧民の世界と、定住してオアシス農業を営む人々の世界が接する「境界」に位置している点です。まったく暮らし方の違う二つの世界がぶつかり合う場所だからこそ、モノの交換も文化の混ざり合いも、ほかの地域よりずっと濃密に起きていたと考えられています。

第II章 東西をつないだ交易の歴史
この地域が歴史の表舞台に登場するのは、いまから2,000年以上前のことです。紀元前2世紀、中国・漢の使者張騫(ちょうけん)が西域へ派遣され、この北回り(フェルガナ)ルートを通ったと多くの研究者が考えています(紀元前128年ごろ)。彼の報告が、のちの東西交易が本格化するきっかけになりました。
当時フェルガナ盆地には大宛(だいえん/ダヴァン)という国があり、その都は「エルシ」と呼ばれていました(現在のミングテパ遺跡と考えられています)。漢はこの地で育つ名馬にひどく惹かれます。走ると血のような汗を流すと伝えられた「汗血馬」です。皇帝はこの天馬を手に入れようと、はるばる大軍を送りこみました。馬一頭のために国が動くというのは、いまの感覚だと驚きですよね。
時代が下ると、シルダリヤ川沿いにはオトラルをはじめとする隊商都市が次々と栄えます。東は中国、西は遠くビザンツ(東ローマ)まで結ぶ中継地として、人と荷物とお金が行き交いました。もちろん、都市の運命はさまざまで、モンゴルの侵攻などによって栄枯盛衰を繰り返していきます。川に削られて一部が失われてしまった都市もあります。
第III章 この回廊を通って運ばれたもの
「シルクロード」という名前から絹をまず思い浮かべますが、この道を旅したのは絹だけではありません。ガラス製品、紅玉髄(カーネリアン)や琥珀といった宝石、馬、さまざまな農産物まで、遠く離れた土地の産物が驚くほど広い範囲でやり取りされていました。
なかでも歴史を大きく動かしたのが「製紙法(紙の作り方)」です。751年のタラス河畔の戦いをきっかけに、それまで東アジアの技術だった紙づくりが西方へと伝わっていったとされます。紙は知識や情報を運ぶ器そのものですから、この技術の西進が後の世界に与えた影響は計り知れません。
そして運ばれたのはモノだけではありませんでした。宗教もこの道を通って広がっていきます。仏教、ゾロアスター教、キリスト教、そしてのちにイスラーム。ひとつの回廊のなかに、これだけ多様な信仰の痕跡が折り重なって残っているのは、世界を見渡してもそう多くありません。

第IV章 2026年、世界遺産になる?
フェルガナ-シルダリヤ回廊は、2026年に韓国・釜山で開かれる第48回世界遺産委員会で審議される見込みです。世界遺産に登録されるかどうかは、この委員会での議論を経て決まります。
ただし、事前の評価を担当する専門機関ICOMOS(イコモス)は、登録の前にもう少し準備を整えるよう求める「延期(Deferral)」を勧告したと伝えられています。これは「価値がない」という判断ではなく、”顕著な普遍的価値の証明のしかた”や”どの遺跡を構成資産に選ぶか”といったまとめ方に、まだ課題が残っているという意味合いです。
世界遺産の評価には、大きく「登録」「情報照会」「延期」「不登録」の段階があります。「延期」は、内容を練り直したうえで再挑戦できる位置づけです。つまり今回すぐ登録とならなくても、価値そのものが消えるわけではありません。
最終的にどう決着するかは、2026年7月24〜26日ごろに予定される審議の結果を待つことになります。登録されれば中央アジアを代表する大型のシルクロード遺産が一つ増えることになりますし、見送りとなっても、この回廊が積み重ねてきた歴史の重みは変わりません。どちらに転ぶか、私も一人のシルクロード好きとして注目しています。
第V章 先に登録されたシルクロードの回廊
じつはシルクロードは、「シルクロード」という一つの世界遺産があるわけではありません。あまりに広大なので、いくつもの「回廊」に区切って、少しずつ登録を進めていく壮大なプロジェクトとして動いています。
その第一号が、2014年に登録された「長安-天山回廊の交易路網」です。中国・カザフスタン・キルギスの3か国が共同で推薦し、33の資産が世界遺産の基準(ii)(iii)(v)(vi)にもとづいて登録されました。さらに2023年には「ザラフシャン-カラクム回廊」も加わっています。
フェルガナ-シルダリヤ回廊は、こうした流れを受け継ぐ次なる候補という位置づけです。将来的にこれらの回廊がつながっていけば、ユーラシア大陸を横断する巨大なシルクロード世界遺産のネットワークが姿を現すことになります。そう考えると、今回の審議はその大きな絵の一ピースなんですよね。
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