飛鳥・藤原の宮都

キトラ古墳と高松塚古墳の違いは?
壁画と天文図をやさしく解説

奈良県明日香村 / 特別史跡 / 世界遺産「飛鳥・藤原の宮都」

「キトラ古墳には世界最古級の星図がある」と聞いて、高松塚古墳の壁画とどこが違うのか気になり、調べ始めたのがきっかけです。どちらも飛鳥にある小さな古墳なのに、石室の中には四神(しじん。東西南北を守る4つの神獣)や人物、星空が描かれています。調べてみると、似ているようで、見つかり方も、描かれたものも、見られる場所もけっこう違いました。この記事では、2つの古墳を比べながら、キトラ古墳の天文図のすごさをまとめます。難しい言葉には説明をつけていて、自由研究にも使えます。

※この記事にはPRを含みます。

この記事で分かること
  • キトラ古墳と高松塚古墳の大きさ・発見・壁画の違い
  • 四神がそろっているのがキトラ古墳だけの理由
  • キトラ古墳の天文図が高く評価される理由
  • 四神の館と高松塚壁画館の開館時間・料金・行き方
キトラ古墳と高松塚古墳とは
奈良県明日香村にある、7世紀末から8世紀初めごろの古墳です。どちらも石室に極彩色(ごくさいしき。鮮やかで多色)の壁画が描かれています。キトラ古墳は天井の天文図、高松塚古墳は「飛鳥美人」の女子群像で知られ、世界遺産「飛鳥・藤原の宮都」の構成資産になっています。

キトラ古墳と高松塚古墳の違いを比較

まずは2つの古墳を、大きさ・発見・壁画の内容で比べてみましょう。

項目 キトラ古墳 高松塚古墳
墳丘 二段築成の円墳。下段の直径約13.8m、上段約9.4m、高さは4m強 二段式の円墳。下段の直径23m、上段18m、高さ5m
築造時期 7世紀末〜8世紀初め頃 藤原京期(694〜710年)とされる
壁画の発見 1983年にファイバースコープ調査で見つかった 1972年3月の発掘調査で見つかった
四神 東壁の青龍、南壁の朱雀、西壁の白虎、北壁の玄武がそろう 南壁の朱雀は鎌倉時代の盗掘で失われたと考えられる
天井 本格的な天文図 星宿図(星座を表した図)
人物・動物 獣頭人身の十二支 男子群像と、飛鳥美人で知られる女子群像
被葬者 特定されていない 特定されていない
見学できる施設 四神の館(キトラ古墳壁画体験館) 高松塚壁画館

墳丘の形と築造時期の違い

2つの古墳は、どちらも二段に築かれた円墳(まるい形の古墳)です。キトラ古墳のほうが少し小さく、下段の直径は約13.8m、高さは4m強と紹介されています。高松塚古墳は下段の直径が23m、高さが5mです。

築かれた時期はほぼ同じで、7世紀末から8世紀初めごろです。高松塚古墳は、飛鳥から藤原京に都が移った時期(694〜710年)にあたるとされています。なお、墳丘の数字は資料によって書き方が少し違うので、見学前に現地の案内も見ておくと安心です。

キトラ古墳の壁画を原寸大で再現した四神の館の展示 青龍や天文図 奈良県明日香村 飛鳥・藤原の宮都
四神の館のキトラ古墳壁画の展示。※イメージ

壁画が見つかったきっかけと発見年

高松塚古墳の壁画が見つかったのは、1972年3月です。発掘調査をしていた石室の中から、色鮮やかな壁画が現れました。日本で最初に見つかった壁画古墳です。

キトラ古墳は、高松塚古墳に次ぐ国内2例目の壁画古墳です。1983年に、小さなカメラ(ファイバースコープ)を石室に入れて調べたところ、北の壁に玄武(げんぶ)が見つかりました。その後の調査で、1998年に青龍・白虎と天井の天文図が、2001年に朱雀と十二支が確認されています。石室は、18個の凝灰岩(ぎょうかいがん。火山灰が固まった石)の切石を組み上げたつくりです。

四神がそろうのはキトラ古墳だけ

キトラ古墳では、東の壁に青龍(せいりゅう)、南に朱雀(すざく)、西に白虎(びゃっこ)、北に玄武が描かれています。四神の絵がすべてそろっているのは、国内ではキトラ古墳だけです。

高松塚古墳でも、南の壁に朱雀が描かれていたと考えられていますが、鎌倉時代の盗掘で失われました。壁の下の部分には、キトラ古墳では獣頭人身(じゅうとうじんしん。動物の頭と人の体)の十二支も描かれています。各壁に3体ずつのはずですが、今も確認できるのは子・丑・寅・午・戌・亥の6体です。

四神と方角
東は青龍、南は朱雀、西は白虎、北は玄武です。玄武は亀に蛇がからみついた姿で描かれます。2つの古墳の壁画は、中国から伝わった「方角を神獣が守る」という考え方でつくられています。

キトラ古墳の被葬者は分かっているのか

キトラ古墳に葬られた人は、はっきり分かっていません。候補として、右大臣の阿倍御主人(あべのみうし)、天武天皇の皇子の高市皇子(たけちのみこ)、百済(くだら)の王族とされる昌成(しょうじょう)が挙げられています。どれも決め手はなく、あくまで候補です。

石室からは、50〜60代の男性1体分の人骨や歯が見つかっています。高松塚古墳の被葬者も特定されておらず、皇族や高い身分の貴族だったと考える説があります。

壁画が取り外されて修理された理由

2つの古墳の壁画は、いまは古墳の中ではなく、別の施設に取り出されて保管されています。理由は、石室の湿度や微生物などの環境の変化で、壁画が傷んでしまったからです。

キトラ古墳では、2004年2月に発掘を始めたところ、壁画の多くが壁からはがれかけていると分かりました。そこで同年9月に、壁画をすべて取り外す決定がされています。作業には6年以上かかり、取り外した破片は1,143個にのぼります。そのあと約12年かけて修復が進められ、2019年に壁画5面が国宝に指定されました。高松塚古墳も壁画と石室が解体され、2020年3月に修復作業が終わっています。

キトラ古墳の天文図と高松塚古墳の壁画

ここからは、2つの壁画の見どころです。キトラ古墳は「天井の星空」、高松塚古墳は「壁面の人物」に注目してみましょう。

キトラ古墳の天文図が評価される理由

キトラ古墳の天井には、円形の天文図(星の位置を描いた図)が描かれています。赤い線で描かれた4つの大きな円があり、本格的な中国式の星図としては、現存する世界最古の実例と評価されています。国立天文台の資料では「東アジア最古に属する現存例」と表現されていて、少しだけ言い方に幅があります。

描かれた星は350個以上、星座は74以上です。星々は赤い線で結ばれていて、金箔(きんぱく)が使われています。東の壁側には金箔の太陽、西の壁側には銀箔の月も描かれています。

📝 黄道の位置について

星図の中で、太陽の通り道を示す黄道(こうどう)の円は、本来より位置がずれて描かれているといわれます。当時の人が写し取るときに、ずれが生じた可能性も指摘されています。

天井に描かれた星と円の見方

天文図を読むときは、4つの円を見分けるのがコツです。

円の名前 どんな円か 大きさ(直径)
内規(ないき) 北極星のまわりで、一年中沈まない星の範囲 約16.8cm
赤道 天の赤道を表す円 約40.3cm
外規(がいき) 見える星の範囲のいちばん外側 約60.6cm
黄道 太陽が空を通っていく道すじ 約40.5cm

内規・赤道・外規は同じ中心の円で、黄道だけが北西にずれています。研究では、この星図のもとになった観測は、長安や洛陽に近い北緯34度前後の場所で行われたと考えられています。つまり、中国で得られた観測データが日本に伝わった可能性があります。

高松塚古墳の壁画を再現した展示 飛鳥美人の女子群像 奈良県明日香村 飛鳥・藤原の宮都
高松塚古墳の壁画の再現展示。※イメージ

飛鳥美人と高松塚古墳の人物像

高松塚古墳の壁画は、四神、星宿図、そして人物が描かれた4面の極彩色壁画です。西の壁の女子群像は「飛鳥美人」と呼ばれ、とても有名な絵です。東の壁には男子群像が描かれています。

キトラ古墳が「天文図」を見せる古墳なら、高松塚古墳は「人々の姿」を見せる古墳です。衣装の色や模様から、当時の貴族の服装を想像できます。

壁画に見える高句麗と唐の影響

2つの壁画は、中国や朝鮮半島からの影響が強いと考えられています。高松塚古墳の壁画には、高句麗(こうくり。かつて朝鮮半島の北にあった国)と唐の影響がはっきり見られます。壁画の構図や題材、技法は中国の思想と技術がもとになっていて、飛鳥・藤原の時代の国際的な交流を物語っています。

一方で、石室の形や大きさは日本の伝統に沿っています。海外の文化を取り入れながら、日本の古墳としてつくり直している点が、世界遺産としての評価ポイントです。キトラ古墳は南向きの斜面に造られていて、中国の風水(ふうすい。地形や方角で吉凶を考える思想)の考え方が反映されていると紹介されることもあります。

キトラ古墳と高松塚古墳の見学ガイド

見学の情報は、2026年10月時点のものです。開館時間や料金は変わることがあるので、お出かけ前に国営飛鳥歴史公園の公式サイトで確認してください。

項目 四神の館(キトラ古墳) 高松塚壁画館
開館時間 9:30〜17:00(12〜2月は16:30まで) 9:00〜17:00(入館は16:30まで)
料金 無料 一般300円、高校・大学生130円、小中学生70円
休館日 12月29日〜1月3日、4・7・11・2月の第2月曜(祝日のときは翌日) 同じ
壁画の実物 期間限定・事前登録制で公開 修理施設で保管。公開は期間限定
アクセス 近鉄飛鳥駅から徒歩約35分。駐車場42台・無料 近鉄飛鳥駅から徒歩10分前後。駐車場33台・無料

壁画の実物公開は、日程や申し込み方法が毎回変わります。行く前に、必ず公式サイトで最新の案内を確認してください。駅から離れているので、レンタサイクルや赤かめ(周遊バス)の利用も考えてみてください。ほかの観光地との回り方は、飛鳥のモデルコースの記事にまとめています。

訪問前の注意

壁画の実物公開は人気があり、事前登録が必要なことがあります。また、古墳のまわりは坂道や歩道のない場所もあるので、歩きやすい靴で、無理のない計画で行きましょう。

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キトラ古墳と高松塚古墳のまとめ

キトラ古墳と高松塚古墳は、どちらも飛鳥の小さな古墳ですが、石室の中には鮮やかな壁画が残っていました。四神がそろい、世界最古級の天文図を持つのがキトラ古墳、飛鳥美人で知られるのが高松塚古墳、と覚えておくと整理しやすいです。いまは壁画の実物は別の施設で守られていて、レプリカや期間限定の公開を通して見ることができます。

あわせて、蘇我馬子の墓といわれる石舞台古墳や、大化の改新の舞台の飛鳥宮跡もどうぞ。飛鳥・藤原の宮都の全体像は概要の記事にまとめています。

キトラ古墳と高松塚古墳の違い、四神がそろう壁画、キトラ古墳の天文図、見学のポイントをまとめたインフォグラフィック
キトラ古墳と高松塚古墳のポイントまとめ。※イメージ

🌌 自由研究に使える!キトラ古墳と高松塚古墳
小学生向け:四神を調べて絵にしよう

調べてみよう:四神は、東西南北のどの方角を守っているかな?色や動物もいっしょに表にまとめて、絵にしてみよう。

答えの例:東は青龍(青・龍)、南は朱雀(赤・鳥)、西は白虎(白・虎)、北は玄武(黒・亀と蛇)です。方角と色が決まっているので、色鉛筆で塗り分けると覚えやすくなります。

豆知識:高松塚古墳のすぐ北には、八角形をした中尾山古墳があります。丸や四角ではない八角形の古墳は、飛鳥時代の終わりごろの特徴といわれます。

中学生向け:星の円の大きさを比べよう

考えてみよう:キトラ古墳の天文図で、外規の直径は約60.6cm、内規は約16.8cmでした。外規は内規の何倍でしょう?なぜ外規のほうが大きく描かれたのかな?

答えの例:60.6÷16.8=約3.6なので、外規は内規の約3.6倍です。内規は北極星のまわりの「一年中沈まない星」の範囲で、外規は「見える星」の範囲の外側です。見える範囲のほうが広いので、外側の円が大きくなります。

豆知識:飛鳥資料館の屋外には、高松塚古墳の石室を解体する実験をするためにつくられた石室が展示されています。

高校生向け:星図が伝えた知識の道すじを考えよう

課題:キトラ古墳の天文図は、中国の観測データがもとになっていると考えられています。どんなルートで日本に伝わった可能性があるか、仮説を立ててみよう。

答えの例:候補は、遣唐使や留学生が直接持ち帰ったルートと、朝鮮半島の高句麗や百済を経由して伝わったルートです。高松塚古墳の壁画に高句麗と唐の影響が見えることから、複数のルートが重なった可能性も考えられます。ただし、決定的な証拠は見つかっていないので、「仮説」として書くのがポイントです。

豆知識:国立天文台の研究では、星の位置から割り出した観測の年代は、西暦300年ごろ(誤差プラスマイナス90年)と推定されています。壁画が描かれた7世紀末よりずっと前のデータがもとになった可能性があります。

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