ドブロブニク観光ガイド|城壁歩きと行き方、内戦からの復興も解説

アドリア海の真珠と呼ばれる城壁の街を、歴史と歩き方の両方から

クロアチアの世界遺産を調べていたとき、城壁の上から見下ろした赤い屋根の写真で、よく見ると瓦の色が場所によって少しずつ違うことに気がつきました。「なんでだろう?」と調べてみると、その答えは1991年からの内戦と、そのあとの修復にありました。ドブロブニク(ドゥブロヴニクとも書きます)は、きれいな景色の裏に、海の小さな共和国として生き抜いた歴史と、街を取り戻した人たちの物語がある場所だったんです。この記事では、ドブロブニク観光の前に知っておきたい歴史と、城壁歩きや行き方などの回り方をまとめました。

※この記事にはPRを含みます。

旅行前に 旅の持ち物と心得のまとめ ›

この記事で分かること

  • ドブロブニク旧市街が世界遺産に選ばれた理由と、ラグーサ共和国の歴史
  • 内戦で傷ついた街が、どうやって修復されて危機遺産から外れたのか
  • 城壁歩き・スルジ山ロープウェイなど、ドブロブニク観光の見どころと回り方
  • 日本からの行き方、空港からの移動、混雑を避けるコツ

ドブロブニク観光の前に知りたい歴史

ドブロブニクは、クロアチアのいちばん南、アドリア海(イタリアとバルカン半島のあいだにある細長い海)に突き出した小さな半島の上にある街です。城壁に囲まれた旧市街は歩いて回れるほどの広さですが、そこには600年以上にわたる海の共和国の歴史がぎゅっと詰まっています。まずは、景色をもっと楽しむための歴史から見ていきましょう。

ドブロブニク観光の中心、白い石畳がつややかに光るメインストリートのストラドゥンと両側の石造りの建物
旧市街のメインストリート「ストラドゥン」 ※イメージ

ドブロブニクが世界遺産になった理由

ドブロブニク旧市街は、1979年に世界遺産に登録されました(1994年に範囲が広げられています)。中世のドブロブニクは「ラグーサ共和国」という独立した都市国家で、地中海を行き来する船の貿易で大きく栄えました。まわりを大きな国に囲まれながらも、税金や外交をうまく使って、1808年まで独立を守り続けたんです。

共和国が大切にしていた言葉は「リベルタス(自由)」。今も旧市街の旗やお祭りでこの言葉を見かけます。城壁や教会、修道院、噴水などが、共和国の時代の姿をよく残していることが、世界遺産に選ばれた大きな理由です。

世界遺産検定ねらわれやすいポイント

  • 登録名は英語で「Old City of Dubrovnik」、登録は1979年(1994年に範囲を拡大)
  • 1991年に危機遺産(このままでは価値が失われるおそれがある世界遺産のリスト)に入り、1998年に外れた
  • 危機遺産から外れた決め手は、伝統的な材料と技術を使った修復

「登録→危機遺産→解除」の流れをセットで覚えておくと安心です。

アドリア海の真珠と呼ばれる旧市街

ドブロブニクは「アドリア海の真珠」と呼ばれています。白っぽい石灰岩(せっかいがん。貝やサンゴのからが積もってできた石)の城壁と、オレンジ色の屋根、そして深い青の海。この3色の組み合わせが、真珠のように輝いて見えるからかもしれませんね。イギリスの劇作家バーナード・ショーが「地上の楽園を見たければドブロブニクへ」という言葉を残したとも言われています。

今の街並みの多くは、1667年の大地震のあとに建て直されたものです。メインストリートの「ストラドゥン」は、両側の建物の高さや窓の形がそろっていて、通りそのものが一つの作品のよう。何百年も人が歩いてきた石畳は、つるつるに磨かれて光っています。

ドラマや映画のロケ地としても人気
ドブロブニクは、海外ドラマ『ゲーム・オブ・スローンズ』で王都「キングズ・ランディング」の撮影に使われました。城壁の外に立つロヴリイェナツ要塞や、イエズス会教会へ続く階段は、ファンにはおなじみの場所です。映画『スター・ウォーズ/最後のジェダイ』の撮影もストラドゥンで行われました。

また、日本では「スタジオジブリ作品の舞台のモデル」と紹介されることもありますが、これは一部で語られる説です。公式にモデルと決まっているわけではないので、雰囲気が似ているかな、と楽しむくらいがいいと思います。

ドブロブニクがなぜ狙われたのか

1991年、ユーゴスラビアという国がばらばらになっていく中で、クロアチアは独立を宣言しました。これに反対するユーゴスラビア連邦軍などがドブロブニクを包囲し、1991年10月から翌年にかけて、旧市街にも砲撃が加えられたんです。特に1991年12月6日の攻撃は激しく、旧市街の建物の多くが被害を受けました。

ドブロブニクには軍の大きな拠点があったわけではなく、旧市街はすでに世界遺産に登録されていました。それでも攻撃が行われた理由については、地域の支配をめぐる争いや、クロアチアの象徴を傷つけるねらいなど、いろいろな見方があります。世界中に知られた文化遺産が戦争に巻き込まれたことは、国際社会に大きな衝撃を与えました。

戦争の歴史にふれるときは
内戦はまだ30年ほど前のできごとで、当時を知る人も多く暮らしています。城壁の近くには、内戦の記録を伝える展示もあります。観光で訪れるときも、こうした歴史に敬意を持って見学したいですね。

内戦からの修復と危機遺産の解除

攻撃を受けた1991年、ドブロブニク旧市街は危機遺産のリストに入りました。その後、ユネスコ(世界遺産を担当している国連の機関)などの国際的な支援のもとで修復が進められます。ポイントは、新しい材料で見た目だけ直すのではなく、昔と同じ石や瓦、伝統的な技術を使って直したことです。

修復が進んだことで、1998年に危機遺産のリストから外れました。冒頭で書いた「屋根の色の違い」は、このときに葺き直された新しい瓦と、昔からの瓦の色の差なんです。城壁の上を歩きながら屋根を見下ろすと、内戦と復興の跡がそのまま見えるというわけですね。

銀のボタンと飛び地で知るドブロブニク

ドブロブニクのおみやげで人気なのが、銀の細い線を編んで作る丸いボタン「ドブロブニク・ボタン」です。もともとはこの地方の民族衣装の飾りとして使われていたもので、今はペンダントやピアスにもなっています。小さな丸い形に、職人の細かい技がつまっていますよ。

もう一つおもしろいのが地図の話です。ドブロブニクのあたりは、隣の国ボスニア・ヘルツェゴビナの「ネウム」という約20kmの海岸によって、クロアチアのほかの地域から切りはなされています。いわば飛び地(国の一部が、ほかの国の土地をはさんで離れていること)のような状態なんです。2022年にペリェシャツ橋という長い橋が開通して、ボスニア・ヘルツェゴビナを通らずに行き来できるようになりました。

世界遺産の候補になっている「ストンの城壁」
ドブロブニクから北へ車で1時間ほどのストンには、全長約5.5kmにおよぶ長い城壁があります。ラグーサ共和国が、大切な塩田を守るために築いたものです。2026年10月時点では、世界遺産の暫定リスト(各国が将来、世界遺産に推薦したい候補のリスト)に入っています。

ドブロブニク観光の見どころと回り方

ここからは、実際にドブロブニクを観光するときの見どころと回り方です。旧市街そのものは半日もあれば一回りできますが、城壁歩きやロープウェイ、近くの島まで楽しむなら、2〜3日あると余裕を持って回れるかなと思います。

ドブロブニク観光で人気の城壁歩きの通路から見た、オレンジ色の屋根と青いアドリア海の景色
城壁の上から見下ろす旧市街と海 ※イメージ

城壁歩きとドブロブニクパス

ドブロブニク観光のいちばんの目玉が、城壁の上を歩いて旧市街を一周する「城壁歩き」です。城壁は全長約1,940m、いちばん高いところで約25m。陸側の壁の厚さは4〜6mもあり、ぐるりと一周するのに1.5〜2時間ほどかかります。坂や階段が多いので、歩きやすい靴で行きましょう。

入口は、西のピレ門のそばなど数か所にあります。城壁の上は、混雑を減らすために一方通行になっているので、係の人の案内にしたがって進んでくださいね。日差しをさえぎる場所がほとんどないので、夏は朝いちばんか夕方がおすすめです。

項目 内容(2026年10月時点)
城壁の入場料 大人40ユーロ(冬は20ユーロ)
一周の時間 1.5〜2時間ほど
おすすめの時間帯 開門直後の朝か、日が傾く夕方
持ち物 歩きやすい靴・帽子・水

城壁と、街の博物館や路線バスがセットになった「ドブロブニクパス」というチケットもあります。城壁にのぼるなら、パスのほうがお得になることが多いですよ。ただし、パスの値段や含まれる施設は資料によって違いがあるので、買う前に公式サイトで確認するのがおすすめです。

料金は変わりやすいので注意
城壁の入場料やドブロブニクパスの値段は、季節や年によって変わります。旅行前には、城壁やドブロブニクパスの公式サイトで最新の情報を確認してください。

城壁を歩いたあとは、城壁の外にそびえるロヴリイェナツ要塞や、船で15分ほどのロクルム島まで足をのばすのも楽しいですよ。自分で動くのが不安な人は、現地ツアーを使うと移動の心配が少なくなります。

ドブロブニクの現地ツアーを探すなら

旧市街のガイドツアーや、近くの島・町をめぐる日帰りツアーを日本語で探せます。

VELTRAでドブロブニクのツアーを見る ›

スルジ山ロープウェイからの絶景

旧市街の真うしろにそびえるスルジ山は、標高約412m。ロープウェイに乗れば、わずか数分で山の上の展望台に着きます。上から見下ろすと、城壁にぐるりと囲まれた旧市街の全体の形がよく分かって、「ああ、これが写真で見た景色だ」と感動するはずです。

特におすすめなのが夕暮れの時間帯。オレンジ色の屋根が夕日に染まり、海の色が少しずつ変わっていくようすは、ドブロブニク観光のハイライトになると思います。山の上には、内戦のときに街を守る拠点になった要塞があり、内戦の歴史を伝える博物館になっています。

城壁とロープウェイ、どちらが先がいい
城壁歩きは暑くなる前の朝、ロープウェイは夕方、という順番にすると、混雑と暑さの両方を避けやすくなります。ロープウェイは強風の日に止まることがあるので、旅の日程に余裕を持たせておくと安心です。

ドブロブニクへの行き方と移動

2026年10月時点で、日本からドブロブニクへの直行便はありません。ヨーロッパや中東の都市で1回か2回乗り継ぐのが一般的です。クロアチアの首都ザグレブからは、国内線で約1時間。夏はヨーロッパ各地からの直行便も増えます。

出発地 主な移動手段 時間の目安
ドブロブニク空港 空港シャトルバスで旧市街のピレ門へ 約30分
ザグレブ 国内線の飛行機 約1時間
スプリット 長距離バス(夏は船もあり) 約4〜5時間

クロアチアの世界遺産をいくつも回るなら、北のザグレブから入って南のドブロブニクから帰る「オープンジョー」(行きと帰りで別の空港を使う航空券)にすると、同じ道を戻らずにすみます。航空券は、いくつかの会社の値段をくらべて選ぶのがおすすめです。

ドブロブニクへの航空券をくらべるなら

乗り継ぎ便やオープンジョーの航空券を、まとめて比較できます。

トラベリストで航空券をくらべる ›

旧市街の中のホテルは、城壁の中に泊まれる特別感がある一方で、車が入れず坂や階段が多いのが難点です。荷物が多い人は、ピレ門の近くやバスで移動しやすい地区を選ぶと楽ですよ。

ドブロブニクのホテルを探すなら

旧市街の中の宿から、海の見えるリゾートホテルまで、エリアや値段でくらべられます。

エクスペディアでホテルを探す ›

英語やユーロなど旅の基本情報

クロアチアの言葉はクロアチア語ですが、ドブロブニクは世界中から観光客が来る街なので、ホテルやレストラン、お店ではたいてい英語が通じます。「ありがとう」はクロアチア語で「フヴァラ(Hvala)」。ひとこと使うだけで、お店の人の表情がやわらぐかもしれませんね。

項目 内容(2026年10月時点)
言葉 クロアチア語(観光地では英語が通じやすい)
お金 ユーロ(2023年から)。カードが使えるお店が多い
コンセント Cタイプ・Fタイプ、電圧は230V
ベストシーズン 5〜6月と9〜10月(7〜8月は暑くて混雑)

スマホの通信は、日本で準備できるeSIM(スマホに設定するだけで使える、カードのいらないSIM)を使うと、空港に着いてすぐ地図やバスの時間を調べられて便利です。

クロアチアで使えるeSIMを準備するなら

出発前に設定しておけば、現地に着いてすぐネットが使えます。

ボイエのeSIMを見る ›

コンセントの形は日本と違うので、変換プラグを1つ持っていきましょう。変換プラグはコンセントの形を変えるだけで、電圧は変えません。使いたい機器が230Vに対応しているかは、充電器などの表示で確認してくださいね。

旅の持ち物:海外用の変換プラグ

海外 変換プラグ 世界200カ国以上対応 USB 2ポート 同時3台 1500W

海外 変換プラグ 世界200カ国以上対応 USB 2ポート 同時3台 1500W

楽天市場で見る ›

入国のルールも事前に確認を
ヨーロッパでは新しい出入国の仕組み(EES・ETIAS)の導入が進められていて、時期が見直されることもあります。旅行前には、外務省やEUの公式ページで最新の情報を確認してください。

荷物はもう決まりましたか?

機内持ち込みのルールや、現地で使う物を一本にまとめました。

持ち物と心得を見る ›

がっかりしないための観光のコツ

ドブロブニクについて調べると、「人が多すぎてがっかりした」という声も見かけます。特に夏は、大型のクルーズ船が着くと、午前中から昼すぎにかけて旧市街が観光客でいっぱいになるんです。街ではこうした混雑を減らすため、「リスペクト・ザ・シティ」という取り組みで、1日に寄港できるクルーズ船の数を制限するなどの対策をしています。

がっかりしないためのコツは、大きく3つです。1つ目は、旧市街の中か近くに泊まって、人の少ない朝と夜の街を歩くこと。2つ目は、混雑しやすい7〜8月を避けて、5〜6月か9〜10月に行くこと。3つ目は、城壁歩きは朝、ロープウェイは夕方、と時間帯を分けることです。

旧市街のマナーにも注意
ドブロブニクの旧市街では、水着や上半身裸のまま街を歩くことが禁止されていて、罰金の対象になります(2026年10月時点)。ビーチから戻るときは、上着をはおってから旧市街に入りましょう。

ドブロブニク観光のまとめ

ドブロブニク観光は、城壁歩きやロープウェイからの絶景だけでも十分楽しめますが、ラグーサ共和国の歴史や、内戦からの修復の物語を知っておくと、同じ景色がまったく違って見えてきます。屋根の色の違いを見つけたら、ぜひこの街が歩んできた道のりを思い出してみてください。朝と夕方をうまく使えば、混雑もかなり避けられますよ。クロアチアのほかの世界遺産については、クロアチアの世界遺産10件一覧でまとめて紹介しています。

出発前にチェック

旅の持ち物と心得リスト

国内でも海外でも使える、持ち物・機内ルール・遺跡でのマナーのまとめです。

持ち物と心得を見る ›

図解:数字で見るドブロブニク

ドブロブニク観光の前に知りたい、城壁の長さや地震・内戦・修復の年など旧市街の歴史を数字でまとめた図解
ドブロブニクの図解 ※イメージ

自由研究コーナー

小学生向け:ドブロブニクの屋根の色がまだらなのはなぜ

答え:1991年からの内戦で屋根がこわれ、そのあと新しい瓦で葺き直したからです。新しい瓦は明るいオレンジ色、昔からの瓦は少しくすんだ色をしているので、上から見るとまだらに見えます。

まめ知識:旧市街から船で15分ほどのロクルム島には、たくさんのクジャクが放し飼いになっています。島の中を歩いていると、羽を広げたクジャクにばったり会えることもあるそうです。

中学生向け:ドブロブニクが病気から街を守った工夫は何か

答え:1377年、ラグーサ共和国は、外から来た船の乗組員や旅人を、街に入る前に一定の期間だけ離れた場所にとどめるという決まりを作りました。最初は30日間で、のちに40日間になりました。病気がうつるのを防ぐための「隔離(検疫)」の、記録に残る早い例と言われています。

まめ知識:英語で検疫のことを「クアランティン(quarantine)」と言いますが、これはイタリア語の「40日間」という言葉から来ていると言われています。ドブロブニクの東側には、のちの時代に建てられた隔離施設「ラザレティ」の建物が今も残っています。

高校生向け:戦争から文化遺産を守る国際的なルールとは

答え:代表的なのは、1954年に作られた「武力紛争の際の文化財の保護に関する条約(ハーグ条約)」です。戦争のときにも文化財を攻撃の対象にしないことを定めています。ドブロブニクへの攻撃は、のちに旧ユーゴスラビア国際刑事裁判所でも裁かれ、文化遺産への攻撃が国際的に責任を問われる例の一つになりました。

まめ知識:ドブロブニクでは毎年2月に、街の守護聖人「聖ヴラホ(聖ブレイズ)」をたたえるお祭りが開かれます。このお祭りは、ユネスコの無形文化遺産にも登録されています。

出典・参考文献

  • UNESCO World Heritage Centre: Old City of Dubrovnik(https://whc.unesco.org/en/list/95)
  • UNESCO World Heritage Centre: Tentative Lists, Croatia(https://whc.unesco.org/en/tentativelists/state=hr)
  • UNESCO Intangible Cultural Heritage: Festivity of Saint Blaise, the patron of Dubrovnik(https://ich.unesco.org/en/RL/festivity-of-saint-blaise-the-patron-of-dubrovnik-00232)
  • Walls of Dubrovnik 公式サイト(https://wallsofdubrovnik.com/)
  • Dubrovnik Pass 公式サイト(https://www.dubrovnikpass.com/)
  • Dubrovnik Tourist Board 公式サイト(https://tzdubrovnik.hr/)
  • Dubrovnik Cable Car 公式サイト(https://www.dubrovnikcablecar.com/)
  • EU公式 ETIAS(https://travel-europe.europa.eu/en/etias)

情報の確認日:2026年10月