ディオクレティアヌス宮殿の観光ガイド|スプリット旧市街の歩き方

ローマ皇帝の宮殿が、そのまま人の暮らす街になった世界遺産

1700年前に建てられたローマ皇帝の宮殿の中で、今も約3,000人がふつうに暮らしている。そう聞いて、信じられますか?宮殿の路地にはカフェやお店が並び、窓と窓のあいだには洗濯物がゆれ、古代ローマの柱のすき間には人の住む家が入りこんでいます。夏の夜には、皇帝が姿を見せたという広場でコンサートが開かれます。実はそんな街が、クロアチアのスプリットに本当にあるんです。初めてこの話を目にしたとき、「宮殿の中に住む」という状況がうまく想像できなくて、地図と写真を見比べているうちに、すっかりこの街のとりこになってしまいました。この記事では、スプリットのディオクレティアヌス宮殿が街になった歴史と、旧市街の歩き方、行き方や入場料をまとめました。

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この記事で分かること

  • ディオクレティアヌス宮殿が世界遺産になった理由と、宮殿が街になった歴史
  • 皇帝の墓が大聖堂に変わったいきさつと、宮殿に残るスフィンクス
  • ペリスタイルや地下宮殿、鐘楼など旧市街の見どころと回り方
  • スプリットへの行き方と、入場料・おすすめの時間帯

ディオクレティアヌス宮殿が街になった歴史

スプリットは、クロアチアのアドリア海(イタリアとバルカン半島のあいだにある細長い海)沿いにある、国で2番目に大きな街です。その旧市街の中心にあるのが、ローマ皇帝ディオクレティアヌスの宮殿。まずは、この宮殿がどうやって「人の住む街」になったのかを見ていきましょう。

ディオクレティアヌス宮殿の中心にある列柱広場ペリスタイルで、白い石の柱とアーチが並び奥に大聖堂の鐘楼が見える風景
宮殿の中心にある列柱広場ペリスタイル ※イメージ

ディオクレティアヌス宮殿が世界遺産になった理由

ディオクレティアヌス宮殿を中心とするスプリットの歴史地区は、1979年に世界遺産に登録されました。同じ年には、ドブロブニク旧市街とプリトヴィッツェ湖群も登録されています。

評価されたのは、古代ローマの宮殿がとてもよく残っていることに加えて、その宮殿の中や上に、中世からルネサンス、バロックと、時代ごとの建物が重なるように建てられてきたことです。1つの場所で、約1700年分の歴史を一度に見られるんですね。

世界遺産検定ねらわれやすいポイント

  • 登録名は英語で「Historical Complex of Split with the Palace of Diocletian」、1979年に登録
  • ディオクレティアヌス帝が引退後に住むため、4世紀のはじめに完成させた宮殿
  • 7世紀に近くの町サロナの人々が逃げこみ、宮殿がそのまま街になった
  • 皇帝の霊廟(お墓)が、のちに聖ドムニウス大聖堂になった

「宮殿が街になった」「霊廟が大聖堂になった」という2つの変化をセットで覚えておくと安心です。

引退した皇帝が海辺に建てた宮殿

ディオクレティアヌスは、3世紀の終わりから4世紀のはじめにかけてローマ帝国をおさめた皇帝です。この近くのダルマチア地方の生まれと言われ、自分から皇帝の位をおりたあと、ふるさとに近いこの海辺で暮らすために宮殿を建てました。完成したのは305年ごろと言われています。

宮殿の大きさは約180m×215m。周りを高い城壁で囲み、四隅には見張りの塔がありました。皇帝が住む建物だけでなく、兵士の宿舎や神殿、皇帝自身のお墓までがそろった、宮殿と要塞をあわせたような造りだったんです。

避難民が住みついて宮殿が街になった

皇帝が亡くなったあと、宮殿はしばらく使われ続けましたが、7世紀になると大きな変化が起こります。近くにあった大きな町サロナが攻め落とされ、逃げてきた人々が、がんじょうな壁に守られたこの宮殿の中に住みつきました。

人々は、宮殿の部屋や通路をそのまま家として使い、柱と柱のあいだに壁を足して家を建てていきました。こうして、宮殿は少しずつ「街」へと変わっていったんです。今でも旧市街を歩くと、家の壁の中に古代ローマの柱やアーチが埋めこまれているのを見つけられますよ。

皇帝の墓が大聖堂に変わった理由

ディオクレティアヌスは、キリスト教徒を厳しく弾圧(だんあつ。力でおさえつけること)した皇帝としても知られています。ところが、その皇帝のお墓だった霊廟は、のちにキリスト教の大聖堂に生まれ変わりました。それが、今も使われている聖ドムニウス大聖堂です。

大聖堂の名前になっている聖ドムニウスは、ディオクレティアヌスの時代に命を落としたサロナの司教だと言われています。弾圧した側の皇帝のお墓が、弾圧された側の聖人をまつる場所になったというのは、歴史の皮肉を感じるお話ですね。この大聖堂は、元の建物をそのまま使っている大聖堂としては、世界でも古いものの一つと言われています。

宮殿に残るエジプトのスフィンクス

宮殿の中心の広場には、黒い石でできたスフィンクスが座っています。これは、ディオクレティアヌスがエジプトから運ばせたもので、作られたのは今から約3,500年前と言われています。つまり、皇帝の時代から見ても、すでに大昔の美術品だったんです。

当時、宮殿にはいくつものスフィンクスが置かれていたそうですが、今も残っているのはわずかです。ローマの皇帝がエジプトの文化にあこがれていたことが分かる、おもしろい手がかりですね。

ギザのスフィンクスとくらべてみると
エジプトのギザにある大スフィンクスは、岩山をそのままけずって作られた巨大な像です。スプリットのスフィンクスは、それよりずっと小さく、持ち運べる大きさの石像です。同じ「スフィンクス」でも、作られ方や大きさがまったく違うのがおもしろいところです。

ディオクレティアヌス宮殿の観光と回り方

ここからは、実際にディオクレティアヌス宮殿を観光するときの回り方です。宮殿の中はほとんどが旧市街の道になっていて、入るだけならお金はかかりません。地下宮殿や大聖堂など、一部の見どころだけが有料です。ゆっくり回っても半日あれば十分ですよ。

ディオクレティアヌス宮殿の観光で歩く、古代ローマの石壁に囲まれた旧市街の細い路地と、石畳に差しこむやわらかな光
宮殿の中に広がる旧市街の路地 ※イメージ

ペリスタイルと4つの門をめぐる

観光の中心になるのが、宮殿のまん中にある列柱広場「ペリスタイル」です。白い石の柱がずらりと並び、正面には皇帝が姿を見せたと言われる入口の建物、横には大聖堂がそびえています。夏の夜には、ここでコンサートなどのイベントも開かれます。

宮殿には、東西南北に4つの門があります。それぞれに名前が付いているので、門をめぐりながら一周すると、宮殿の大きさや形がよく分かりますよ。

門の名前 方角 見どころ
金の門 北 いちばん立派な正門。門の外に大きな司教の像が立つ
銀の門 東 にぎやかな青空市場につながる
鉄の門 西 中世の時計塔があり、人民広場へ続く
銅の門 南 地下宮殿を通って、海沿いの遊歩道リヴァへ出る

地下宮殿と鐘楼からの眺め

海側の銅の門から入ると、宮殿の地下に広がる「地下宮殿」に出ます。ここは、皇帝が暮らした部屋を支えるための土台の部分で、上の部屋と同じ形の空間が地下に残っています。上の部屋はその後の街づくりで形が変わってしまったため、この地下を見ると、皇帝の時代の部屋の形が分かるんです。通路の部分は無料で通れて、奥の広い部屋は有料で見学できます。

もう一つのおすすめが、大聖堂の横に建つ鐘楼です。せまい階段をのぼるのは少し大変ですが、てっぺんからは、オレンジ色の屋根が並ぶ旧市街と、青いアドリア海、港に出入りする船まで見わたせます。宮殿の形を上から確かめられる、とっておきの場所ですよ。

ロケ地めぐりとマルヤンの丘

ディオクレティアヌス宮殿の地下宮殿は、海外ドラマ『ゲーム・オブ・スローンズ』の撮影に使われたことでも有名です。また、スプリットから車で20〜30分ほどの丘の上にあるクリス要塞も、同じドラマのロケ地として知られています。

旧市街の西には、マルヤンの丘という緑の多い公園が広がっています。旧市街から階段をのぼって15〜20分ほどで展望台に着き、宮殿のある旧市街と港、その先の島々までを一望できます。夕方に行くと、海に沈む夕日がとてもきれいですよ。

スプリットへの行き方と島めぐり

2026年10月時点で、日本からクロアチアへの直行便はありません。ヨーロッパや中東の都市で乗り継いで、スプリット空港かザグレブに入るのが一般的です。スプリット空港から旧市街までは、空港バスで30〜40分ほどです。

出発地 主な移動手段 時間の目安
スプリット空港 空港バス 約30〜40分
ザグレブ 国内線の飛行機・長距離バス 飛行機で約1時間、バスで約5時間
ドブロブニク 長距離バス(夏は船もあり) 約4〜5時間
プリトヴィッツェ湖群 長距離バス・車 車で約3〜3.5時間、バスで約4〜5時間

ザグレブから入ってスプリット、ドブロブニクへと南下し、ドブロブニクから帰るような航空券にすると、同じ道を戻らずにすみます。乗り継ぎ便の値段は、いくつかの会社でくらべてみてくださいね。

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スプリットは、アドリア海の島々へ向かう船の出発地でもあります。港からは、フヴァル島やブラーチ島などへ行く船が出ていて、フヴァル島までは高速船で1時間ほど。フヴァル島には、世界遺産のスタリグラード平原もありますよ。

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入場料とおすすめの時間帯

宮殿の中の道や広場は、いつでも無料で歩けます。お金がかかるのは、地下宮殿の奥の部分や、大聖堂、鐘楼、ジュピター神殿などの見どころです。大聖堂まわりは、いくつかの見どころがまとめて入れるセット券もあります。

料金と時間は変わりやすいので注意
2026年10月時点の目安では、地下宮殿はおよそ10ユーロ前後、大聖堂や鐘楼をまとめたセット券は20ユーロ前後ですが、資料によって金額に差があります。季節によって開いている時間も変わるので、旅行前に各施設の公式サイトや現地の案内で確認してください。

おすすめの時間帯は、朝8時ごろまでの早い時間です。夏は大型のクルーズ船が着くと、昼前から旧市街が観光客でいっぱいになります。朝のうちにペリスタイルや路地を歩き、昼は地下宮殿や博物館、夕方はマルヤンの丘や海沿いの遊歩道リヴァで過ごす、という流れにすると気持ちよく回れますよ。

旧市街の中や港の近くに泊まると、人の少ない朝と夜の宮殿を楽しめます。夜、ライトアップされたペリスタイルを歩けるのは、泊まった人だけのぜいたくです。

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ディオクレティアヌス宮殿観光のまとめ

ディオクレティアヌス宮殿は、ローマ皇帝が引退後に暮らすために建てた宮殿が、避難してきた人々の手で少しずつ街に変わっていった、世界でもめずらしい世界遺産です。皇帝のお墓が大聖堂になり、宮殿の部屋が家やお店になった今の姿は、まさに「生きている遺跡」でした。ディオクレティアヌス宮殿の観光は、朝の早い時間に歩きはじめて、夕方は丘や海辺で街を眺めるのがおすすめです。クロアチアのほかの世界遺産については、クロアチアの世界遺産10件一覧でまとめて紹介しています。

出発前にチェック

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国内でも海外でも使える、持ち物・機内ルール・遺跡でのマナーのまとめです。

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図解:数字で見るディオクレティアヌス宮殿

ディオクレティアヌス宮殿の大きさや完成した年、中で暮らす人の数、スフィンクスの古さを数字でまとめた図解
ディオクレティアヌス宮殿の図解 ※イメージ

自由研究コーナー

小学生向け:どうして宮殿の中に人が住んでいるの

答え:7世紀に近くの町が攻め落とされたとき、逃げてきた人たちが、がんじょうな壁に囲まれたこの宮殿に住みついたからです。その子どもや孫たちが住み続けて、宮殿がそのまま街になりました。

まめ知識:金の門の外には、大きな司教の銅像が立っています。この像の足の親指をさわると願いがかなうと言われていて、たくさんの人がさわるため、親指だけがピカピカに光っているそうです。

中学生向け:なぜ地下宮殿を見ると昔の部屋の形が分かるのか

答え:地下宮殿は、上にある皇帝の部屋を支えるための土台で、上の部屋とほぼ同じ形に造られていたからです。上の部屋はその後の街づくりで形が変わってしまいましたが、地下は長いあいだゴミなどで埋まっていたおかげで、もとの形がよく残りました。

まめ知識:宮殿の入口ホールは天井が丸く、声がよく響きます。ここでは、クロアチアの伝統的な男声のアカペラ合唱「クラパ」が歌われることがあり、クラパはユネスコの無形文化遺産にも登録されています。

高校生向け:ローマ皇帝が自分から引退したのはなぜめずらしいのか

答え:ローマ皇帝の多くは、亡くなるか、争いや暗殺によって位を失いました。ディオクレティアヌスは、帝国を4人の皇帝で分けておさめる「四分統治(テトラルキア)」という仕組みを作り、305年に自分から位をおりました。自分の意思で引退した皇帝は、とてもめずらしい例です。

まめ知識:引退後、もう一度皇帝にもどってほしいと頼まれたディオクレティアヌスは、「自分が育てたキャベツを見せたら、そんなことは言わないだろう」と答えたという話が伝わっています。ただし、これは後の時代に伝えられた逸話です。

関連グッズ:ダルマチアの赤ワイン

スプリットのあるダルマチア地方は、赤ワイン「プラヴァツ」の産地として知られています。旅の思い出に、おうちでアドリア海の味を楽しんでみてはいかがでしょうか(お酒は20歳になってから)。

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出典・参考文献

  • UNESCO World Heritage Centre: Historical Complex of Split with the Palace of Diocletian(https://whc.unesco.org/en/list/97)
  • UNESCO Intangible Cultural Heritage: Klapa multipart singing of Dalmatia(https://ich.unesco.org/)
  • Split Tourist Board 公式サイト(https://visitsplit.com/)
  • Croatian National Tourist Board(https://croatia.hr/)

情報の確認日:2026年10月