鹿野苑の伝説

「鹿野苑」と、いのちを救った金色の鹿の王

サールナートの別名にこめられた、やさしさの物語

「サールナートには鹿がいるの? 奈良みたいに?」――子どもにそう聞かれて、私もあらためて調べてみました。サールナートには「鹿野苑(ろくやおん)」という美しい別名があり、その裏には心がじんとする鹿の伝説が伝わっていたのです。奈良の神鹿とはまた違う、でもどこか似た“いのちを大切にする物語”をご紹介します。

I. 「鹿の園」という名前の由来

サールナートの古い名前のひとつ「ムリガダーヴァ(Mrigadava)」は、そのまま“鹿の園”という意味です。昔ここが、鹿の群れが自由に暮らす森だったことを伝えています。

もうひとつ、「サールナート」という現在の名前については、「サーランガナータ(Saranganath=鹿の主)」が縮まったものという説もあります。地名の由来は一つではなく、いくつかの説が伝わっているのですね。

どちらの由来も「鹿」と結びついているのが面白いところ。サールナートは、仏教が始まる前から“鹿の聖地”という性格を持っていたのかもしれません。

ジャータカ物語の金色の鹿の王。森でけものを守る気高い鹿を描いた絵本風イラスト
金色の鹿の王。妊娠した母鹿の身代わりになろうとした、ジャータカ物語の主人公

II. 金色の鹿の王の物語(ニグローダ鹿のジャータカ)

むかし、前世のブッダは金色の鹿の王でした。ある日、子を宿した一頭の母鹿が、ヴァラナシ王の狩りの犠牲になりそうになります。すると鹿の王は、母鹿を助けるために自分が身代わりになろうと、王さまの前へ静かに進み出ました。

その深いやさしさに胸を打たれた王さまは、狩りをやめただけでなく、鹿はもちろん、けもの・鳥・魚にいたるまで、すべてのいのちを殺すことを禁じた――。これが、サールナートが“いのちを守る鹿の聖地”と呼ばれる理由です。

奈良の鹿とのふしぎな共通点

遠く離れたインドのサールナートと、日本の奈良。どちらも「鹿が聖なる存在として大切にされてきた場所」です。仏教の伝わった先々で、鹿は“やさしさ”や“尊い教え”の象徴になっていったのかもしれません。

サールナート遺跡公園の芝生で休む鹿。古代の煉瓦の仏塔遺構を背景にした穏やかな風景
現在もサールナートの遺跡公園では、鹿の姿を見ることができる

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